48番札所〜51番札所

スポンサードリンク

48番札所〜51番札所

ここでは愛媛県の48番札所から51番札所までを紹介します。

 

48番札所は清滝山西林寺(せいりゅうざん さいりんじ)です。天平13年(741年)、聖武天皇の勅願によって行基が現在の松山市小野播磨塚近くに開基、本尊の十一面観音を行基が刻み安置したといわれます。大同2 年(807年)には、四国巡錫中の弘法大師がこの寺に留錫し、四国霊場に定め、国家安泰を祈願する道場に定めたと伝えられてます。西林寺は八十八ヶ所霊場の中で四国の伊予の関所的役割を果たしています。お寺が川の水位よりも低い位置にあるので、罪を犯した人間が境内に足を踏み入れると、無間地獄に落ちるそうです。西林寺には「杖の淵」と呼ばれる泉があるのですが、弘法大師が錫杖で沸かせたことにちなんでその名がつけられました。環境省が選んだ名水百選にも選ばれてます。宗派は真言宗豊山派、御本尊は十一面観世音菩薩です。

 

49番札所は西林山浄土寺(さいりんざん じょうどじ)です。天平勝宝年間、恵明上人によって釈迦如来を本尊として安置され開基。仁王門には目玉のない仁王像があり本堂に空也上人像を安置しています。空也上人は醍醐天皇の第二皇子で、この寺を訪れて滞在中に自分で刻んだものです。弘法大師が来錫した当時は荒廃してましたが伽藍を建立して再興しました。その後も焼失と再興を繰り返し、慶安2年(1649年)の大修理などを行い今日に至ります。境内にはゆかりのある空也松もあり、宗派は真言宗豊山派、御本尊は釈迦如来です。

 

 

50番札所は東山繁多寺(ひがしやま はんたじ)です。天平勝宝年間、孝謙天皇の勅願による行基の開基で、本尊の薬師如来は行基によって刻まれたものです。弘仁年間に弘法大師がこの寺に留錫し、四国霊場に定めました。山の中腹に位置しているお寺なので山門からの展望がとてもすばらしいだけでなく、境内には樹木が多くあり景観樹林の保護地域に指定されるほどです。この寺は高僧が住職となったことで知られ、天和年間には名僧龍湖が住職を務めたこともあります。桜や紅葉の名所としても有名な地で、歓喜天堂には厄除けに訪れたり、合格祈願や商売繁盛を願ったりする人が多く訪れます。宗派は真言宗豊山派、御本尊は薬師如来です。

 

51番札所は熊野山石手寺(くまのざん いしてじ)です。神亀5年(728年)、聖武天皇の勅願により伊予大守越智玉純が鎮護国家の道場として伽藍を建立しました。本尊の薬師如来は、翌年の天平元年(729年)に行基が開眼。その当時は法相宗に属していましたがその後、弘法大師が弘仁4年(813年)に来錫して真言宗に改められました。石手寺は四国八十八ヶ所お遍路の元祖として知られる衛門三郎のゆかりの地としても知られ、衛門三郎が亡くなるときに、別の場所で衛門三郎と名前を書いた石を握って生まれた赤ちゃんがいます。その石がこの石手寺に納められているそうですよ。宗派は真言宗豊山派、御本尊は薬師如来です。


  • SEOブログパーツ

48番札所〜51番札所関連ページ

40番札所〜43番札所
四国遍路の概要、基本についてお伝えします
44番札所〜47番札所
四国遍路の概要、基本についてお伝えします
52番札所〜58番札所
四国遍路の概要、基本についてお伝えします
59番札所〜65番札所
四国遍路の概要、基本についてお伝えします